ほめ言葉とほめ殺しの違い

一般的に人をほめて育てることはよいことと思われている。確かにそうだ。しかし、「ほめること」について、知識がなければ、とんでもないことになってしまう。

それは、一時期流行った「ほめ殺し」についてである。ウキペディアによると、ほめ殺し(ほめごろし)とは、元々は対象をほめることでその対象を「だめにしてしまうこと」を指していたが、後にだめにすることを目的として「ほめる」ことをも意味するようになっている。

では、どんな時に、人をほめるとダメになるか?と言うことである。結論から言うと、できる人をやたらとほめると、ダメになる。と言うことだ。

その人が、できるのは当たり前であり、それ以上を目指さなければならない。そんな人にやたらとほめて、できない人を咎めるようにすると、たちまち、おかしなことが起きてくる。ほめられた人は、自分はできるんだと勘違いして、先輩たちから言うことを聞かなくなる。できない人がけなされていると、自分はダメだと思い込んで、学習意欲を失ってしまうのである。

では、どんな場合に、ほめたらよいのか?これも結論から言おう。能力が平均的な人、あるいは、平均以下の人が、努力を払っている時に使うのである。そうすれば、その人たちは、自分のことに関心を持っていることに気づき、頑張るように助けられるのである。

よって、上長の人、人を育成教育する人たちは、基本的に、誰に対してもイーブンで接するようにして、時々、平均か、平均以下の人たちにほめるようにすると、やる気が起きて頑張るようになる。と言うことだ。

これが分かっていないと、いわゆる「できる人間」がうぬぼれてしまって、後に、助言とか受け入れなくなるのである。

皆さんは、どう思われるだろうか?

2021年10月5日

東京オリンピックについて思うこと

 7月23日から8月8日まで東京オリンピックが開催される。1年以上前からコロナの影響でどうなるのかと議論が尽くされてきたところで、東京オリンピックについて、書くことはリスクを感じるものである。

 果たして、東京オリンピックは成功するのだろうか?

 ここで、オリンピックの目的が何のためにあったのか思い起こしてみよう。日本オリンピック委員会のサイトからの引用である。

1 近代オリンピズムの生みの親はピエール・ド・クーベルタンであった。氏の提案にもとづいて、1894年6月、パリ国際アスレチック会議が開催された。国際オリンピック委員会(IOC)が発足したのは1894年6月23日であった。1994年8月の第12回総会はオリンピック百周年に当たり、「Congress of Unity」をテーマにパリで開催された。

2 オリンピズムは、肉体と意志と知性の資質を高揚させ、均衡のとれた全人のなかにこれを結合させることを目ざす人生哲学である。オリンピズムが求めるのは、文化や教育とスポーツを一体にし、努力のうちに見出されるよろこび、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などをもとにした生き方の創造である。

3 オリンピズムの目標は、あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある。この趣意において、オリンピック・ムーブメントは単独または他組織の協力により、その行使し得る手段の範囲内で平和を推進する活動に従事する

4 IOCが率いるオリンピック・ムーブメントは、近代オリンピズムにその端を発している。

5 オリンピック・ムーブメントは、最高機関IOCのもとで、各種組織、競技者、その他の人たちを統括する。彼らは、オリンピック憲章によって導かれることに同意した人々である。オリンピック・ムーブメントに帰属するための基準は、IOCによって承認される。スポーツの組織および管理は、IOCが承認する独立のスポーツ団体により監督されなければならない。

6 オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある。

7 オリンピック・ムーブメントの活動は、結び合う5つの輪に象徴されるとおり普遍且つ恒久であり、五大陸にまたがるものである。その頂点に立つのが世界中の競技者を一堂にあつめて開催される偉大なスポーツの祭典、オリンピック競技大会である。

8 スポーツの実践はひとつの人権である。何人もその求めるところに従ってスポーツを行う可能性を持たなければならない。

9 オリンピック憲章は、IOCが採択した基本原則、規則および細則を成文化したものであり、オリンピック・ムーブメントの組織および運営を統括し、オリンピック競技大会開催のための諸条件を規定するものである。

 と、なっている。オリンピックの五輪は、五つの大陸をつなぎ合わせて、人々が平和に仲良く生きていくための祭典である。そこには、政治的な目論見などはあるはずもない。本来、こうした趣旨のもとでなされるスポーツ競技である。こうした中、コロナと向き合っていかなければならない。

 東京オリンピックに期待しているのは、こうした、コロナの危険が迫る中で、東京都が、日本が、日本国民が、どのように向き合っていったか、それにともなって、どんな成果を生み出していったか?ということだろう。

 東京オリンピックがどのように大会を開催し、どのような成果を生み出すかによって、良い意味で、これからの世界のひな型となっていくことを願ってやまない。

2021年7月20日

七夕について

 今日は七夕(たなばた)である。織女と牽牛の伝説は『文選』の中の漢の時代に編纂された「古詩十九首」が文献として初出とされている。なにかロマンティックな話である。子どもたちは、七夕の短冊に願いを書いて竹の葉の間に飾りつけをする。おもむろに自分の願いを書くのだが、私も子どものころに短冊を書いていたのを思い出す。

「頭がよくなりますように」とか、
「成績が上がりますように」とかだったと思う。

 今、私たちが住んでいるこの世界には、コロナウイルスが蔓延している。だから、短冊の願いも、「世の中から、コロナがなくなりますように」とか、「みんなが健康で生活できますように」とか、願いの内容がここ1~2年で変わってしまっているのかもしれない。

 私たちの生きている時代は、いったいどんな時代なのだろうか?自分を俯瞰してみることが出来るなら、あるいは別の言い方をすれば、自分の頭上に衛星を打ち上げて自分を見たとしたら、どのように見えるのだろうか?

 今の時代が、これまでの人類の歩みを大きく変えようとしている時代に我々は生きているのかもしれない。21世紀になって、経済にしても、自然環境にしても大きく変わってきている。気象問題にしても、50年に一度の大雨、とか、観測史上初めて、というニュースが多くなっているような気がする。何か変だな?と、思うのは、私一人だろうか?

 気になることがある。7月の後半から、東京オリンピックが始まる。いったいどんな大会になるのだろうか?無観客だとか、1万人以内の観客とか、いまだに取りざたされている。この大会で、変わったことが起きなければよいのだが・・・

2021年7月7日

春の便り

 二十四節季とは、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもので、「節(せつ)または節気(せっき)」と「気(中(ちゅう)または中気(ちゅうき)とも呼ばれる)」が交互に来ると言われている。

 今年の春分(しゅんぶん)は、太陽暦で言えば、3月20日であった。これから二十四節季は、清明(せいめい)4月5日頃、穀雨(こくう)4月20日頃と続いていく。これから本格的な春となる。

 昨年の2月頃から新型コロナが流行り始め、一年以上なっている。普通、冬の寒さが続いた後に春が来る。今年の春は、一年以上『冬』が続いたような感じで、本当に待ちに待った『春』到来である。

 昨年4月に高校3年生になった方は、今年3月に卒業したのだが、やっと自分たちの『春』がやってきたような感じだろう。4月から進学したり、就職したりと、それぞれの道を歩む。事業を新たに始める者も、春から始めることで気持ちが大きく膨らむものだ。

 株式会社オオタにも、新しく6名の新入社員が入ってくる。それぞれに夢を持って入ってくるだろう。周りの人も、新入社員をほほえましく思うことだろう。老婆心ながら、すべての人に話しておきたい。

 『夢』は、持ちつづけた人にしかほほ笑んでくれない。ということである。

 『夢』をもって、誰もが始める。しかし、『夢』は、叶うまで頑張りつづけた人にしか、ほほ笑んでくれない、ということだ。

 途中で、簡単にあきらめていては、何も実現することはない。いろんな人生の荒波が押し寄せてくる。人間関係、上司との関係、自らの能力不足、環境の変化、金銭の問題、いろいろとあるだろう。

 そうしたことを乗り越えていくこと。それが、『夢』を実現することになっていく。

 今、全ての若い人たちにエールを送ろう。

 『夢』をもって、始めて下さい。しかも、『夢』が、叶うまで頑張りつづけて下さい。……と。

2021年3月22日

温故知新

 12月は、「師走」と呼ばれている。師(先生)が忙しく駆け回る時期だと言われている。しかしながら、今年の師走は、どうも例年と違っているようである。そう、それは、「コロナ」の影響だ。忘年会は自粛し、新年会も開く予定がないところが多いと聞く。サービス関係の仕事は、ばったり仕事がなくなって、飲食店関係は、店を閉めるところが増えている。こうした中で、物事をどう見直して、どのようにしたらいいのだろうか?

 「温故知新」と言う言葉がある。「古きを温(たず)ねて新しきを知る」と訓読みしする。「古きを温(あたた)めて新しきを知る」と書いたり読んだりすることもある。原文は「子曰、温故而知新、可以為師矣」となり、「温故知新」のあとに続く言葉がある。全体の書き下し文は、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以って師と為るべし」となっている。

 過去において、100年ほど前に、スペイン風邪と言うのが流行った。スペイン風邪(H1N1新型インフルエンザウイルス)は、1918年から1920年にかけて流行し、世界の人口(当時18億人)の半数から3分の1が感染し、全世界で5000万人以上の人が死亡したとされている。スペイン風邪の流行は第1次世界大戦の後半と重なっており、この大戦による戦死者が1000万人だったことを考えると、実にその5倍の人々がスペイン風邪で命を落としたことになった。スペイン風邪は、患者1人が2~3人にうつす感染力があったとされ、パンデミックとなって世界で多数の死者を出したことなど、今回の新型コロナウイルス感染症とよく似ている。

 そしてやはり、100年前に起きたことは、ワクチンの開発とともに解決していった。しかし、その前に、第1には、人の移動や密集がいかに流行を拡大させるかということを思い知らされたことである。専門家が繰り返し啓蒙している“三密を避ける”ことの重要性を改めで認識させられた。第2には、流行は一つの波では終わらないということだった。集団免疫を獲得するまで繰り返し流行が起こり、そして感染をくりかえすことにより、ウイルスが変異して致死率が高まる可能性があるということだった。

 100年前の出来事は、世の中を大きく変えるきっかけとなっていった。それまでの「価値観」と大きく異なり、人々の「日常」と言うものが変わったのである。当然、考え方も変えねばなければならないだろうし、物事のやり方も変わらなければならないだろう。今までの価値観にしがみついていては、やっていけないこともあるだろう。では、どうすればよいのだろうか?

 地味でもいいから、こつこつと仕事をすることをお勧めしたい。100年前にスペイン風邪の後に、1929年に、「世界大恐慌」が来たことを思い出してほしい。それは、当時の人々が、株や投資に目を向けて、一時的な成金が世の中でもてはやされるようになった。それが、「世界恐慌」が来て、あっという間に、世の中が崩れたのである。今、コロナの猛威によって、世の中の産業はめまぐるしく変わるだろう。その株の上げ下げを利用して、儲けようとする人たちが多く出てきている。そして、実質経済が追い付かない時が来て、経済が破綻するのである。

 「積小為大」と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?二宮尊徳の言葉で、小さなことを積み上げて、大きなことを成していく。と言う意味である。今からの時代には、地味でもいいから、こつこつと生産性のある仕事をすることが大切なのである。

2020年12月8日

新入社員の心得

最近、弊社でも来年4月に入社してくる新人のために、採用試験会を実施した。会社の近くの会議室を使ってのものだった。採用予定が当初3名であったのに対して、7名が採用試験を受けた。親会社にも話をして、結局6名を採用することになった。その内訳は、男子3名、女子3名である。

左官の職人にどうして女子を?と、言われる方がいるかもしれない。しかしながら、世の中の流れは、変わってきているのである。左官自体も、以前と違って、重い材料をミキサーで練って、壁を塗るということばかりではない。以前は、セメントが40キログラムだったのが、今では、25キログラムになっているし、砂とセメントを混ぜて壁を塗るという仕事は、仕事全体の1割くらいでしかない。むしろ、薄塗工法と言って、ペースト状の材料を1ミリから3ミリに塗っていく工法が、左官の主流となっている。女子にも活躍の場が広がっているのである。さらに、最近では、お洒落なテナント関係では、内装を本格的な左官の材料を使って仕上げることも増えている。今後、㈱オオタでは、女子が活躍できる仕事場を提供していくことになるだろう。

今年は、コロナにあけてコロナに終わりそうな情勢だが、時代が変わりつつあることをしかと受け止めて、会社を経営していくことが必要だろう。新しく入社する人のために、役立つ書籍も出しているので、すべての方が読んでほしい。参考に、下記に記しておくので調べてほしい。手前味噌でゴメンなさい。

入社1年目で知っておくべき仕事を楽しくするエッセンス(著者:太田祐一)

2020年11月7日

こだわり

最近、はまっている中に料理がある。今年の春に「糖尿病」で入院したため、医師から食事にはくれぐれも注意するようにと言われているからである。塩分を控えて、糖分も控えなければならない。しかし、インシュリンを打っている関係で、血糖値はある程度抑えることができる。しかしながら、塩分は薬で抑えることができない。外食すると、結構塩分が多いと感じることがある。この間、友人に勧められて、野菜炒めを食べたのだが、しょっぱくて、しょっぱくてしょうがなかった。それで、自分で食事を作るのだ。

私が作る料理は、塩こしょうをくわえないようにしている。その代わり、だし汁を使う。「天つゆのだし」とか、「あごだし」とかである。だし汁を使うと、結構、塩分の代わりになる。また、油は、「えごま油」を使うようにしている。「えごま」と言うと、ごま油だと思っている人もいるが、実は、しその実の油である。癖がなくて、しかも植物性だから体にいい。値段が高いという人もいるが、女性の方に質問したい。「化粧品にどれほどお金をかけていますか?」えごま油は、食べる化粧品です。オメガ3が山ほど入っている。数十分熱を加えても、90%以上、オメガ3は残るそうだ。

車を良い状態に保つには、オイル交換をひんぱんに行い、エンジンの状態をよくする必要があると言われているが、人間の体も同じで、体内のオイルが良好な状態であると健康によいらしい。それで、油にもこだわっている。

その昔、阪神タイガーズに掛布という選手がいた。彼は、ひまがあったら、自分のグローブを磨いていたそうである。また、大リーガー時代のイチローは、球場に来ると、必ず、同じようにストレッチ運動を行い、打席に入る時も、毎回同じテンポで、自分のルーティーンを持っていた。そうしたこだわりを持って、試合に臨んでいた。

左官の職人の中にも、自分の道具にこだわりを持って、仕事をしている人がいる。先日亡くなった当社の職人もそうだったが、自分の「鏝」にアクセントを加えて、自分用に使いやすいようにしている。市販されている「鏝」は、標準的なサイズで、人によって体の大きさ、手の大きさが違うからである。そうしたこだわりを持って仕事をしている人は、良い仕事を行うのである。

「こだわり」を持って仕事をしていく人たちを、今後も、大事にしていきたいものである。

2020年10月12日

感動から始まって理動で安定する

物事の始まりとして、感動で始まることは多い。人と人のつながりや物事に対して、感動して何かを始めると言うケースはよく聞くことだ。これは、人が経験する基本的な事である。しかしながら、「理動」と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?

私も以前は、「感動と言う言葉はあっても、理動と言う言葉はない」と、思っていた。ただ、それは単なる思い過ごしだったのである。実は、「理動」と言う言葉は存在している。

ネットを調べると、次のような言葉が出てくる。

……「知動」「理動」「感動」という言葉があります。 「知動」とは知識に基づいて行動すること、「理動」とは理屈に基づいて行動すること、「感動」とは感情に基づいて行動することを意味します。 人は理性の動物とはいうものの、意識的に行動しなければ「知動」や「理動」で動くものではなく、「感動」で動くものといわれています。……

となっている。

確かに、理屈に従っていつも動ける人は少ない。たいていの人は、感情に従って行動する。だからと言って、理動が存在しないわけではない。では、どんな場合に、理動は必要になってくるのであろうか?

それは、組織が拡大化していくとき、あるいは、知的レベルがより高い所が要求される仕事をしていくときである。

個人や、小さなグループでは、感情が支配するかもしれない。そして、感動によって大きなことを成し遂げていく。しかし、大きな組織や、知的な仕事を中心とするグループでは、感動によって仕事をすることは当たり前のことであり、それ以上に、知的な部分、すなわち「理動」によって動くことが大切なのである。そうすることで、それぞれの役割や持ち場を認識し、全体として大きなことを成し遂げていくのである。

そう、感動から始まって理動で安定するのである。

2020年9月1日

コロナ対策

「コロナ対策」と言う言葉は、新型コロナが流行りだした今年2020年の2月、3月頃によく言われていた言葉だ。しかし、最近、あまり言われなくなったように思う。

新型コロナが流行りだした最初のころ、「マスクを着けよう」「手洗いとアルコール消毒をしよう」と、盛んに言われていた。しかし、最近は、「マスク着用」「手洗いとアルコール消毒」も当然のことであって、あえて言われることがナンセンスと言った風潮になってきた。「三蜜」も当然ながら注意を払っている。

世の中が、大きく変わり始めているのだな!と、感じる昨今である。つい、この間まで「東京オリンピック」の話があれだけ盛り上がっていたのが、ウソのようである。

人と人が接触する仕事が、非常に厳しくなっており、「食堂」「居酒屋」接待に用いる「クラブ」などは、壊滅的なダメージを受けているようだ。

こうした中で、世の中の仕事の仕方も随分と変わってきている。「テレワーク」と言う言葉が普通に用いられ、「ズーム」を使ったテレビ電話での会議は、当たり前のようになってきた。大規模な集会や、コンサートは鳴りを潜め、「ユーチューブ」を使った情報発信も盛んになってきている。

世の中がこれだけ変わっていく中で、第1次産業、第2次産業は、今のところ大きな影響を受けていない。

第1次産業とは、自然界に対してはたらきかけ,作物を作ったり,採取する産業のことを言い、 農業,林業,漁業などが当てはまる。 第2次産業は、自然界からとったりした物を使って加工する産業で,工業や建設業などが当てはまる。

株式会社オオタの場合、この第2次産業にあたる建設業に当てはまるので、今のところ直接、コロナの被害を受けていない。しかし、会議を開くときに注意を払ったり、従業員の健康管理、体調維持を確認しながら、建設現場に送り出すようにしている。

ただ、世の中全体が、コロナの影響で不景気な状況になって行ったときに、少なからず影響を受けることも考えられるので、注意が必要だ。特に、来年あたりから、工事の受注に変化が出るということも考えておかなければならないだろう。

「先読み」と言うことが、今の時代に特に必要な要素ではなかろうか?

「建築」だから大丈夫だと、決して思わないことだ!

2020年8月27日

日本人の美意識

 あなたは、日本人の中にどんな点を美意識があると感じるだろうか?ある人は、「日本人が持つ、わび寂の世界だ」と言う方もいるし、「自然の中に神が存在している」と言うことを取り上げる人もいる。あるいは、日本女性が着こなす着物や京都や奈良の風景に美意識を感じる人もいるだろう。

 今回、私が取り上げてみたいのは、実は「文字」である。意外かもしれないが、日本人は、「習字」と言う習慣を通して、文字の美しさを幼いころから学んできている。私もご多分に洩れず、小学校の2年か、3年くらいから、近所で習字を習っていた。その頃は、なぜ習字を習わなければならないのか全然わからなかった。

 しかし、今は、よくわかる。『日本人は、文字自体に「美」を見出していたのだ。』と言うことだ。このことに気づいたのは、日本人からではない。なんと、あるアメリカ人からである。皆さんもよく知っている人だ。それは、スティーブ・ジョブス(アップルコンピューターの創始者)。彼が、若いころ、大学を中退してから、もぐりの受講生として大学の講義に出席していたころに学んだのがカリグラフィである。文字を装飾するということであるが、後に、アップルコンピューターの文字フォントがなかなか美しくデザインされたものとなったのは、ここからきているのだろう。

 スティーブ・ジョブスのことで、印象に残るのは、2005年スタンフォード大学の卒業生に彼が語った15分ほどのスピーチである。その中で、「点と点は、結びつく」とか、「ハングリーであれ、愚か者であれ」と言う言葉などは、有名である。

 ジョブス自身が、美しさにこだわっていたのは、その製品の作り方からよくわかる。「i―マック」「iフォーン」など、非常にデザイン性が優れている。しかし、製品だけにとどまらず、ジョブズの生き方自体が美しさを追及しているものだったように思える。

 私は、ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブスを比較した場合、どちらが好きかを言われれば、「もちろん、ジョブズ」と答える。今でもジョブズの言葉は、私の中に響いている。

2020年5月27日