新入社員

「歴史は、くりかえさないが、韻を踏む」という格言がある。マーク・トウェインが言ったとされている。原典を確認していないが、いかにも言いそうなフレーズではある。

歴史は物理現象とはちがう。不可逆的であり、同一の事象は二度と起こらない。でも、たとえば経済におけるバブルとその崩壊のように、表面上の形は違えども、パターンとしてはよく似た事象はくりかえし起こる。まるで韻を踏むようにして。

今、新型コロナウィルスが流行して丸2年になる。世界は、ちょうど、100年前にスペイン風邪が流行したころと同じような歴史を繰り返している。100年前の世界情勢は、第一次世界大戦が勃発し、それに続いて、スペイン風邪が全世界的に流行した。その名残が、インフルエンザとして今も残っている。

世界大戦と、スペイン風邪がほぼ同時期に発生している。現在、世界では、コロナウィルスの蔓延とロシア・ウクライナの紛争が同時期に起きている。全く同じではないが、同じようなことが起きているのである。

こうした歴史を教訓として、我々は生きていかなければならない。今日、4月1日は、新年度の始まる日である。株式会社オオタにも、新入社員が5名入ってくる。過去の歴史を教訓として新たな始まりを進める若者たちがいる。㈱オオタにもそれなりの歴史がある。それを教訓として新入社員が羽ばたいてほしいものだ。

2022年4月1日

歴史から学ぶ価値とは?

 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言を聞いたことがあると思います。これはドイツの名宰相であるオットー・ビスマルクの言葉です。愚かな者は経験からしか学ばない、と解釈できます。しかし、これでは経験したことしか学べないことになってしまいます。そうではなく、自分が経験できないことでも先人たちが経験したこと、すなわち歴史を学ぶことで、沢山の経験を身に着けることが出来ると言う訳です。

 当然ながら、先人たちは多くの失敗と成功を繰り返し、その経験の中から歴史という形で我々後世の者に貴重な経験談を残してくれているのです。これを学ばない手はありません。私は下手なビジネス本を読むより、歴史書、古典を読む方が、遥かに価値があると思います。

 ピーター・ドラッガーは、「未来は過去の延長線上にある」と言いました。今ある現在、そして未来は全て、過去の出来事が基盤となって表れた現象でしかないのです。すなわち、未来を知りたければ過去を学ぶ、歴史を学ぶことが近道だと言うことです。この格言には、次の言葉が付け加えられています。

(岡 漱一郎のコラムから引用)

2022年3月12日

教え方講座(その2) コーチングの特徴とやり方

 コーチングとは、自ら考えアクションを起こす人材を育てるためのコミュニケーションのことを言う。適切なコーチングを受けた人は、今まで気付くことができなかった新しい考え方や視点を得ることができるとともに、目標の達成や成果につながる行動を取ることができるようになる。

 現在の日本では、課題に対して主体的に行動する人材が求められており、コーチングにより本人の行動の選択肢を作ることが目的として挙げられる。そのためコーチングは、コミュニケーションを重視する。しかも、一方通行ではなく、相互的なコミュニケーションである。

 では、どうすればコーチングをすることができるだろうか?

 まずは、対等な立場に立つことから始める。上下関係で物事を見る傾向のある人は、この点から改善しなければならない。フィフティフィフティの関係である。そうでなければ、質問や積極的傾聴など行えるはずもない。質問が尋問のようになってはいけないのだ。

 質問の仕方については、以下に参考点を示しておく。

1.共感的理解 (empathy, empathic understanding)
相手の話を、相手の立場に立って、相手の気持ちに共感しながら理解しようとする。

2.無条件の肯定的関心 (unconditional positive regard)
相手の話を善悪の評価、好き嫌いの評価を入れずに聴く。相手の話を否定せず、なぜそのように考えるようになったのか、その背景に肯定的な関心を持って聴く。そのことによって、話し手は安心して話ができる。

3.自己一致 (congruence)
聴き手が相手に対しても、自分に対しても真摯な態度で、話が分かりにくい時は分かりにくいことを伝え、真意を確認する。分からないことをそのままにしておくことは、自己一致に反する。

 具体的に言えば、「共感的理解」に基づく傾聴とは、聴き手が相手の話を聴くときに、相手の立場になって相手の気持ちに共感しながら聴くことである。「無条件の肯定的関心」を持った傾聴とは、相手の話の内容が、たとえ反社会的な内容であっても、初めから否定することなく、なぜそのようなことを考えるようになったのか関心を持って聴くことだ。「自己一致」に基づく傾聴とは、聴く側も自分の気持ちを大切にし、もし相手の話の内容にわからないところがあれば、そのままにせず聴きなおして内容を確かめ、相手に対しても自分に対しても真摯な態度で聴くことです。

 こうしたことを繰り返すことで、相手が気づき、自主的に問題を解決の糸口にたどり着き、自主的に行動できるようにするのである。

 是非とも、コーチングを取り入れて、組織や社内での活性化に役立てていただきたいと思います。

2022年2月1日

教え方講座(その1) ティーチングとコーチングの違い

「コーチング」と「ティーチング」の違い
ティーチングは言葉の通り、「教える」ということがメインのコミュニケーション方法である。相手に対して、自分の得意とする領域や分野における知識やノウハウを教える場合、1方向的なコミュニケーションを取ることになる。コーチングは、あくまで双方向型のコミュニケーションであり、ティーチングとはその点で異なります。

「コーチング」と「コンサルティング」の違い
コンサルティングは、現在の状態からより良い成果を出すために、課題や改善価値のある箇所を指摘し、正しい解決策を提示してあげるコミュニケーション方法である。それに対して、コーチングはあくまでも本人が自ら考える中で何かしらの答えを出すことが重要で、その気付きを与えるのがコーチングの役割といえる。

「コーチング」と「カウンセリング」の違い
カウンセリングは、何らかの原因によりマイナスになってしまった状況を把握し、その解決策を提示することで元の良い状態に引き戻すコミュニケーション方法である。そのような状況にしてしまった理由を聞き出すため、双方のコミュニケーションであるという点はコーチングと同じだが、コーチングはより成果を出すためのコミュニケーションであり、目的/ゴールが異なっていると言えます。

 実は、コーチングという手法を取ることによって、多くの組織や会社の中での問題点を改善することが出来ると言われている。

 「コーチ (Coach)」という言葉が最初に登場したのは 1500 年代。その語源は【馬車】だった。馬車の役割は、「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」ということである。そこから派生してコーチングは、「人の目標達成を支援する」という意味で使われるようになった。

その後、「コーチ」 は個人や組織の目標達成を支援する存在として、教育、スポーツなどさまざまな分野で発展を遂げることになる。

今現在、コーチングはマネージャーに求められるコミュニケーションスキルとして確立しているが、はじまりは、 1950 年代、当時ハーバード大学助教授であったマイルズ・ メイス (Myles Mace) 氏が著書『The Growth and Development of Executives』(1959 年 ) の中で、「マネジメントにはコーチングが重要なスキルである」としている。そして、1980 年代になると、コーチングに関する出版物が多く登場し始めた。

日本では、1997 年にコーチ・エィ(当時コーチ・トゥエンティワン ) が、日本初のコーチ養成機関としてコーチングを体系的かつ体験的に学ぶ「コーチ・トレーニング・ プログラム (CTP)」の提供を始めた。企業でのマネジメントに活用するビジネスパーソンをはじめ、教育関連、医療関連、士業、専門職など、様々なバックグラウンドの人が学び、コーチングはさまざまな領域で独自に活用、展開されるようになった。

基本的に、ティーチングでは、上下関係を生み出してしまうが、コーティングでは、対等な関係の中でその人が目標を達成することが出来るように助けていくのである。

コーチングの特徴

コーチングとは、自ら考えアクションを起こす人材を育てるためのコミュニケーションのことを言う。

適切なコーチングを受けた人は、今まで気付くことができなかった新しい考え方や視点を得ることができるとともに、目標の達成や成果につながる行動を取ることができるようになる。

現在の日本では、課題に対して主体的に行動する人材が求められており、コーチングにより本人の行動の選択肢を作ることが目的として挙げられる。

そのためコーチングは、コミュニケーションを重視する。しかも、一方通行ではなく、相互的なコミュニケーションである。

(つづく)

2022年1月31日

ほめ言葉とほめ殺しの違い

一般的に人をほめて育てることはよいことと思われている。確かにそうだ。しかし、「ほめること」について、知識がなければ、とんでもないことになってしまう。

それは、一時期流行った「ほめ殺し」についてである。ウキペディアによると、ほめ殺し(ほめごろし)とは、元々は対象をほめることでその対象を「だめにしてしまうこと」を指していたが、後にだめにすることを目的として「ほめる」ことをも意味するようになっている。

では、どんな時に、人をほめるとダメになるか?と言うことである。結論から言うと、できる人をやたらとほめると、ダメになる。と言うことだ。

その人が、できるのは当たり前であり、それ以上を目指さなければならない。そんな人にやたらとほめて、できない人を咎めるようにすると、たちまち、おかしなことが起きてくる。ほめられた人は、自分はできるんだと勘違いして、先輩たちから言うことを聞かなくなる。できない人がけなされていると、自分はダメだと思い込んで、学習意欲を失ってしまうのである。

では、どんな場合に、ほめたらよいのか?これも結論から言おう。能力が平均的な人、あるいは、平均以下の人が、努力を払っている時に使うのである。そうすれば、その人たちは、自分のことに関心を持っていることに気づき、頑張るように助けられるのである。

よって、上長の人、人を育成教育する人たちは、基本的に、誰に対してもイーブンで接するようにして、時々、平均か、平均以下の人たちにほめるようにすると、やる気が起きて頑張るようになる。と言うことだ。

これが分かっていないと、いわゆる「できる人間」がうぬぼれてしまって、後に、助言とか受け入れなくなるのである。

皆さんは、どう思われるだろうか?

2021年10月5日

東京オリンピックについて思うこと

 7月23日から8月8日まで東京オリンピックが開催される。1年以上前からコロナの影響でどうなるのかと議論が尽くされてきたところで、東京オリンピックについて、書くことはリスクを感じるものである。

 果たして、東京オリンピックは成功するのだろうか?

 ここで、オリンピックの目的が何のためにあったのか思い起こしてみよう。日本オリンピック委員会のサイトからの引用である。

1 近代オリンピズムの生みの親はピエール・ド・クーベルタンであった。氏の提案にもとづいて、1894年6月、パリ国際アスレチック会議が開催された。国際オリンピック委員会(IOC)が発足したのは1894年6月23日であった。1994年8月の第12回総会はオリンピック百周年に当たり、「Congress of Unity」をテーマにパリで開催された。

2 オリンピズムは、肉体と意志と知性の資質を高揚させ、均衡のとれた全人のなかにこれを結合させることを目ざす人生哲学である。オリンピズムが求めるのは、文化や教育とスポーツを一体にし、努力のうちに見出されるよろこび、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などをもとにした生き方の創造である。

3 オリンピズムの目標は、あらゆる場でスポーツを人間の調和のとれた発育に役立てることにある。またその目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することにある。この趣意において、オリンピック・ムーブメントは単独または他組織の協力により、その行使し得る手段の範囲内で平和を推進する活動に従事する

4 IOCが率いるオリンピック・ムーブメントは、近代オリンピズムにその端を発している。

5 オリンピック・ムーブメントは、最高機関IOCのもとで、各種組織、競技者、その他の人たちを統括する。彼らは、オリンピック憲章によって導かれることに同意した人々である。オリンピック・ムーブメントに帰属するための基準は、IOCによって承認される。スポーツの組織および管理は、IOCが承認する独立のスポーツ団体により監督されなければならない。

6 オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある。

7 オリンピック・ムーブメントの活動は、結び合う5つの輪に象徴されるとおり普遍且つ恒久であり、五大陸にまたがるものである。その頂点に立つのが世界中の競技者を一堂にあつめて開催される偉大なスポーツの祭典、オリンピック競技大会である。

8 スポーツの実践はひとつの人権である。何人もその求めるところに従ってスポーツを行う可能性を持たなければならない。

9 オリンピック憲章は、IOCが採択した基本原則、規則および細則を成文化したものであり、オリンピック・ムーブメントの組織および運営を統括し、オリンピック競技大会開催のための諸条件を規定するものである。

 と、なっている。オリンピックの五輪は、五つの大陸をつなぎ合わせて、人々が平和に仲良く生きていくための祭典である。そこには、政治的な目論見などはあるはずもない。本来、こうした趣旨のもとでなされるスポーツ競技である。こうした中、コロナと向き合っていかなければならない。

 東京オリンピックに期待しているのは、こうした、コロナの危険が迫る中で、東京都が、日本が、日本国民が、どのように向き合っていったか、それにともなって、どんな成果を生み出していったか?ということだろう。

 東京オリンピックがどのように大会を開催し、どのような成果を生み出すかによって、良い意味で、これからの世界のひな型となっていくことを願ってやまない。

2021年7月20日

七夕について

 今日は七夕(たなばた)である。織女と牽牛の伝説は『文選』の中の漢の時代に編纂された「古詩十九首」が文献として初出とされている。なにかロマンティックな話である。子どもたちは、七夕の短冊に願いを書いて竹の葉の間に飾りつけをする。おもむろに自分の願いを書くのだが、私も子どものころに短冊を書いていたのを思い出す。

「頭がよくなりますように」とか、
「成績が上がりますように」とかだったと思う。

 今、私たちが住んでいるこの世界には、コロナウイルスが蔓延している。だから、短冊の願いも、「世の中から、コロナがなくなりますように」とか、「みんなが健康で生活できますように」とか、願いの内容がここ1~2年で変わってしまっているのかもしれない。

 私たちの生きている時代は、いったいどんな時代なのだろうか?自分を俯瞰してみることが出来るなら、あるいは別の言い方をすれば、自分の頭上に衛星を打ち上げて自分を見たとしたら、どのように見えるのだろうか?

 今の時代が、これまでの人類の歩みを大きく変えようとしている時代に我々は生きているのかもしれない。21世紀になって、経済にしても、自然環境にしても大きく変わってきている。気象問題にしても、50年に一度の大雨、とか、観測史上初めて、というニュースが多くなっているような気がする。何か変だな?と、思うのは、私一人だろうか?

 気になることがある。7月の後半から、東京オリンピックが始まる。いったいどんな大会になるのだろうか?無観客だとか、1万人以内の観客とか、いまだに取りざたされている。この大会で、変わったことが起きなければよいのだが・・・

2021年7月7日

春の便り

 二十四節季とは、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもので、「節(せつ)または節気(せっき)」と「気(中(ちゅう)または中気(ちゅうき)とも呼ばれる)」が交互に来ると言われている。

 今年の春分(しゅんぶん)は、太陽暦で言えば、3月20日であった。これから二十四節季は、清明(せいめい)4月5日頃、穀雨(こくう)4月20日頃と続いていく。これから本格的な春となる。

 昨年の2月頃から新型コロナが流行り始め、一年以上なっている。普通、冬の寒さが続いた後に春が来る。今年の春は、一年以上『冬』が続いたような感じで、本当に待ちに待った『春』到来である。

 昨年4月に高校3年生になった方は、今年3月に卒業したのだが、やっと自分たちの『春』がやってきたような感じだろう。4月から進学したり、就職したりと、それぞれの道を歩む。事業を新たに始める者も、春から始めることで気持ちが大きく膨らむものだ。

 株式会社オオタにも、新しく6名の新入社員が入ってくる。それぞれに夢を持って入ってくるだろう。周りの人も、新入社員をほほえましく思うことだろう。老婆心ながら、すべての人に話しておきたい。

 『夢』は、持ちつづけた人にしかほほ笑んでくれない。ということである。

 『夢』をもって、誰もが始める。しかし、『夢』は、叶うまで頑張りつづけた人にしか、ほほ笑んでくれない、ということだ。

 途中で、簡単にあきらめていては、何も実現することはない。いろんな人生の荒波が押し寄せてくる。人間関係、上司との関係、自らの能力不足、環境の変化、金銭の問題、いろいろとあるだろう。

 そうしたことを乗り越えていくこと。それが、『夢』を実現することになっていく。

 今、全ての若い人たちにエールを送ろう。

 『夢』をもって、始めて下さい。しかも、『夢』が、叶うまで頑張りつづけて下さい。……と。

2021年3月22日

温故知新

 12月は、「師走」と呼ばれている。師(先生)が忙しく駆け回る時期だと言われている。しかしながら、今年の師走は、どうも例年と違っているようである。そう、それは、「コロナ」の影響だ。忘年会は自粛し、新年会も開く予定がないところが多いと聞く。サービス関係の仕事は、ばったり仕事がなくなって、飲食店関係は、店を閉めるところが増えている。こうした中で、物事をどう見直して、どのようにしたらいいのだろうか?

 「温故知新」と言う言葉がある。「古きを温(たず)ねて新しきを知る」と訓読みしする。「古きを温(あたた)めて新しきを知る」と書いたり読んだりすることもある。原文は「子曰、温故而知新、可以為師矣」となり、「温故知新」のあとに続く言葉がある。全体の書き下し文は、「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以って師と為るべし」となっている。

 過去において、100年ほど前に、スペイン風邪と言うのが流行った。スペイン風邪(H1N1新型インフルエンザウイルス)は、1918年から1920年にかけて流行し、世界の人口(当時18億人)の半数から3分の1が感染し、全世界で5000万人以上の人が死亡したとされている。スペイン風邪の流行は第1次世界大戦の後半と重なっており、この大戦による戦死者が1000万人だったことを考えると、実にその5倍の人々がスペイン風邪で命を落としたことになった。スペイン風邪は、患者1人が2~3人にうつす感染力があったとされ、パンデミックとなって世界で多数の死者を出したことなど、今回の新型コロナウイルス感染症とよく似ている。

 そしてやはり、100年前に起きたことは、ワクチンの開発とともに解決していった。しかし、その前に、第1には、人の移動や密集がいかに流行を拡大させるかということを思い知らされたことである。専門家が繰り返し啓蒙している“三密を避ける”ことの重要性を改めで認識させられた。第2には、流行は一つの波では終わらないということだった。集団免疫を獲得するまで繰り返し流行が起こり、そして感染をくりかえすことにより、ウイルスが変異して致死率が高まる可能性があるということだった。

 100年前の出来事は、世の中を大きく変えるきっかけとなっていった。それまでの「価値観」と大きく異なり、人々の「日常」と言うものが変わったのである。当然、考え方も変えねばなければならないだろうし、物事のやり方も変わらなければならないだろう。今までの価値観にしがみついていては、やっていけないこともあるだろう。では、どうすればよいのだろうか?

 地味でもいいから、こつこつと仕事をすることをお勧めしたい。100年前にスペイン風邪の後に、1929年に、「世界大恐慌」が来たことを思い出してほしい。それは、当時の人々が、株や投資に目を向けて、一時的な成金が世の中でもてはやされるようになった。それが、「世界恐慌」が来て、あっという間に、世の中が崩れたのである。今、コロナの猛威によって、世の中の産業はめまぐるしく変わるだろう。その株の上げ下げを利用して、儲けようとする人たちが多く出てきている。そして、実質経済が追い付かない時が来て、経済が破綻するのである。

 「積小為大」と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?二宮尊徳の言葉で、小さなことを積み上げて、大きなことを成していく。と言う意味である。今からの時代には、地味でもいいから、こつこつと生産性のある仕事をすることが大切なのである。

2020年12月8日

新入社員の心得

最近、弊社でも来年4月に入社してくる新人のために、採用試験会を実施した。会社の近くの会議室を使ってのものだった。採用予定が当初3名であったのに対して、7名が採用試験を受けた。親会社にも話をして、結局6名を採用することになった。その内訳は、男子3名、女子3名である。

左官の職人にどうして女子を?と、言われる方がいるかもしれない。しかしながら、世の中の流れは、変わってきているのである。左官自体も、以前と違って、重い材料をミキサーで練って、壁を塗るということばかりではない。以前は、セメントが40キログラムだったのが、今では、25キログラムになっているし、砂とセメントを混ぜて壁を塗るという仕事は、仕事全体の1割くらいでしかない。むしろ、薄塗工法と言って、ペースト状の材料を1ミリから3ミリに塗っていく工法が、左官の主流となっている。女子にも活躍の場が広がっているのである。さらに、最近では、お洒落なテナント関係では、内装を本格的な左官の材料を使って仕上げることも増えている。今後、㈱オオタでは、女子が活躍できる仕事場を提供していくことになるだろう。

今年は、コロナにあけてコロナに終わりそうな情勢だが、時代が変わりつつあることをしかと受け止めて、会社を経営していくことが必要だろう。新しく入社する人のために、役立つ書籍も出しているので、すべての方が読んでほしい。参考に、下記に記しておくので調べてほしい。手前味噌でゴメンなさい。

入社1年目で知っておくべき仕事を楽しくするエッセンス(著者:太田祐一)

2020年11月7日