天空の街、高野山

2月の初旬、天空の街、高野山へ登ってきた。南海線の難波駅から高野山線に乗り、橋本を経由し、極楽橋を越え、ケーブルカーに乗って高野山駅に行き、奥の院まで行った一日を紹介しようと思う。

難波駅から乗り進むにつれて、しだいに乗客は少なくなっていく。「しかたがない、平日の午前中だから・・・」そう思いながらも橋本で列車を乗り換える。ここからは、山岳列車の感を呈す。実際乗客は、山登りのリックサックを背負い、杖を持って、底が分厚い運動靴を履いている人たちばかりだ。

上古沢あたりから、列車の車輪はレールとの摩擦で、キーキー音を立てている。途中にある紀伊神谷駅は、以前立ち寄ったことがある「秘境駅」の一つである。以前訪問したときは夏の終わりで、ヒグラシが夏の終わりを惜しむかのように忙しく鳴いていた。そんな中私は、1時間くらい、時が止まったかのように小川のせせらぎを聴き、自然の中に佇んでいた。しかし今回は、ただ車窓から眺めながら通り過ぎるだけだったが、車が2~3台止まっており、もしかしたら以前の私のように、その人たちは秘境駅を堪能しているのだろうか?・・・そう思ったが、今回は、雪が少しばかり降る寒い日だった。

極楽橋駅から高野山駅を目指す。極楽橋駅が標高600メートルを超えているが、そこから一気に300メートル以上の標高差をケーブルカーに乗り換えて向かうのだ。山肌の残雪を目にし、最初約15度の勾配をケーブルカーが進んでいくが、高野山駅に近づくにつれて、30度の急勾配になる。下から見上げると圧巻である。

高野山駅に着くと、そこは標高900メートルの天空の街になっている。一日フリーのバス乗車券を購入し、奥の院を目指す。奥の院は、国の史跡・世界遺産である。空海の御廟と灯籠堂があり、参道には、皇室、公家、大名などの墓が多数並び、その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると言われている。戦国大名の6割以上の墓所があり、豊臣秀吉、伊達政宗、武田信玄などの墓所もあった。

弘法大師空海の御廟と灯籠堂があるお堂には、毎日、御膳が上げられており、私が訪問したときは、ちょうど、弘法大師に上げられた御膳を下げて、お坊さんたちが3人で担いで橋を渡っているところだった。1000年以上に渡って、こうした風習が続いているらしい。

私はそこで、会社の隆盛を願い、護摩木を申し込みをした。小雪が舞う中、弘法大師空海に思いを馳せ、奥の院入り口までの2キロ程の道をゆっくりゆっくり歩きながら「人の一生ってなんだろう・・・」と、つぶやいていた・・・

2017年2月3日